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金柑

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大事なことがあったので、書き留めておきたい。

小さい頃、祖母の家で食べた金柑の砂糖煮を思い出して、煮てみた(祖母の家には金柑の木があった)それを小さな瓶に分けて、祖父母に届けた(東京に来てた父に託して)

近所に住んでる方の、金柑を煮てくれた母方の祖母からは「おばあちゃんも数年ぶりに煮てみました。さあ〜味比べ。でもレシピが同じだから!?」というメールが届いた。父方の祖母は、年に1回あるかないかの電話をくれ「もったいないので、2日に1個食べてます。ふふふ」と言った。 

どこかに行ったときのお土産はいつだって届けていたはずなのに、これまでにない喜び方をしてもらって少し驚いている。金柑を煮た、その小さなお裾分けで、こんなにも幸せなやりとりができるとは思っていなかった。

やっぱり誰かが自分の手で作ったモノの力は大きい。あと何回、金柑の季節を一緒に迎えられるかわからないけれど、私はこれを毎年の仕事としようと思った。

生きのびるためのお直し

アポロ13号は、宇宙に飛び出して故障しました。いまみなさんが置かれている社会状況と同じように、故障したのです。(中略)それをこの宇宙飛行士たちは、ハイテクではなくガムテープとかセロテープみたいなもの、それから薬箱にあるような道具で宇宙船を直して地球に帰ってきたのです。(中略)『手仕事をする人』は、ハンドメイドとかそれだけを言っているのではない。情報というものをベースにして、やはり人間の尊厳というものは手で作る、手で修繕することでしかありえない。そのことを、この事件は世界モデルとしてよく示しています。」

 

ベトナムホーチミンに行ったとき、四つ辻で自転車やオートバイを分解して修理する人たちがたくさんいました。おそらく、みなさんはいま、現実には自転車さえも修理できないでしょう。(中略)電気洗濯機もテレビも、故障したら買い換えるしかない。我々は修理ができないものを使わされている。我々は修理できない人種に退行しているのです。これは用心しないといけない。典型的な大量生産、大量消費の自閉サイクルに入り込んでいることを自覚しなければならない。」

 

石山修武『生きのびるための建築』2010年

今和次郎 路傍採集メモ

「都会の人は植木鉢にでなければ草や木を植えることを知らない。そんな不便な考えの下に、都会の人たちは宇宙から遠ざかった国に住んでいるんだと考えさせられる」

大玉村1月メモ

ぽつりぽつりと互いへの感謝を口にする、新年らしい会だった。ありがたいことばかりだ。季節が一巡して、見通しのようなものがようやく立てられるようになってきた。今年は外との対話で作られるものやことにも期待したい。

  

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真木テキスタイル遠足メモ

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地べたに敷かれたラグがいいねと、その場にいた3人が各々感じ入っていたのが少しよかった。似た感性や思考性のある友人を持つことでの充足感が最近少しある。

素材全般とくに布は国ごとの利用法に割と差異があるように思うので注目したい。床に敷いた一枚で招き入れられている感がとてもあった。あとこの素朴な稗入りチャパティの美味さ。

2016年

紅白見終わったタイミングでCDTVジャニーズカウントダウンをザッピングしながらBlog更新するの、ここ数年の習慣なんだけど、今年はカウントダウンの瞬間SMAPありがとうと唱えながら年が明けてしまった。かなしい。なんだったんだろうなこの解散劇は。本当に、意味なんかないさ暮らしがあるだけ。振り返ります。

 

1月
大仙古墳と堺の変テコさを内包する大阪の懐の深さに感動
たいそう寒い日に号泣しながら引っ越し

2月
引っ越してみたら思いの外身軽な気持ち
似顔絵屋業

3月
稲門会の同期応援企画を月2本。バー見学とジャズ鑑賞
味噌仕込む

4月
広研のお花見10周年(これだけは毎年幹事やってる)
墨田に慣れてくる隅田公園の桜塩漬けする

 

5月
宿敵デニーロと仲良く(お互い丸くなった)山の京都
動物園で写生大会をひらく

 

6月
パリの美大生アユマがホームステイに来る
visit高尾山や美術館、陶芸してフレンチ食べる

 

7月
穴の空いた靴下を縫う”お直し”を(恥じらいもなく)展示
タワマン暮らし体験とポケモンGO
物件を見にいく
隅田川花火に便乗してビールを売る遊び

 

8月
福島県大玉村にいく
瀬戸内芸術祭と民俗学博物館(吹田)に感じ入る

 

9月
30歳になる。大玉村2回目。汚れた白ソックスで染め直しをしてみる。いい
久しぶりの欧米パリかなり好きだった
しっかり働きはじめててんてこまい

 

10月
酒造見学企画
ものコト市
稲門祭2017
お直しカフェ
(秋はやはりイベント続きのハイシーズン)

 

11月
東大と京大をはしご
限界芸術に挑む
大好きな谷中で”お直し”展示

 

12月
京都で紅葉を見て奈良吉野で材木と川を望む
長屋のお直しに取り掛かる
蟻鱒鳶ルでカレーをふるまう
今年も代々木上原でクリパ
リビルディングセンター訪問。帰宅後ふいに感動に包まれる。

 

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2016年よかったもの

映画:「シンゴジラ」、「コクリコ 坂から」

本:「茶の本」、「食といのち」、「1998年の宇多田ヒカル」、もっと決定的なのあった気がするけど忘れた・・・

音楽:チャットモンチー「共鳴」、片思い「QUIERO V.I.P」

食べ物:フランスのパン、柿

場所:すみだ、秩父、諏訪

建物:京大吉田寮地中美術館、蟻鱒鳶ル

買ってよかったもの:エスプレッソコーヒーメーカー Pulcina

変化:自然にアクセスしているとき一番心安らぐようになってきた。成熟あるいは早老

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イベントの企画が多くて大小15ぐらい。特に後半めまぐるしくて、瞬間的に全力出すのと熱が冷めないうちに記録まとめまでやるで乗り切った。もっと一瞬一瞬捉えながらクルクル動いていきたいのと、しっかり腰据えて螺旋積み上げていきたい両方の気持ちがあります。そんな訳で、2017年の目標は「ハツラツ」「諸々もう少し体系化する」「勉強する」「場所をひらく(2016年から持ち越し)」がんばんぞ〜〜〜!ことよろ!

ReBuilding Center Japan のカフェのこと

クリスマスの日に、ReBuilding Center Japan に行った。諏訪のまち、車で通りがかっただけだけど、初めて訪れてかなりディープなまちだなと思った。あまり詳しくはないけど、大きな神社仏閣のあるまち特有の一体感とおおらかさ昭和初期の栄華の面影残るディープさあった。秩父とか伊豆とかに似てた。

https://www.instagram.com/p/BOenPxyA0jb/

ReBuilding Center(以下リビセン)そのものについては、たぶん既に多くの人が考えを巡らせているだろうので省略。カフェ部分についてだけ気づきをメモする。簡単に忘れたくないそれ。

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トイレの手洗いに小さなおしぼりがたくさん積んであった。ちょっといいホテルのトイレなんかにあるような光景だが(それよりは家庭的なサラシを縫ったもの)、少し飲食店で働いたことのある人なら容易にわかると思うけど、これはものすごく手間暇がかかる。代表のアズノさんにどうしてかと尋ねたら「だって紙で手を拭くの嫌じゃん」と。嫌だよ。私も紙で何かを拭くのは嫌。例えば何かをこぼしたとき、そこに居合わせた人が瞬時にティッシュをシュッシュッと出すあの音は本当に嫌いだし、例えばオフィスのトイレで、備え付けられた紙で手をふいて、それを瞬時にポイってするのも、夕方すぎてゴミ箱いっぱいになった丸まった紙を見るのも嫌。嫌だけども、そんなことはしょうがない嫌な気持ちなんかないものとしているし、百歩譲ってまた自分だけで暮らし始めたらティッシュ導入しないと思うけれど、オフィスに居たらみんなと同じようにするし、仮に私がまたカフェをやることになったとしたら、カフェのトイレといえばのなんかあのザラザラした紙と、適当な見栄えのするケースと、なるべく放っておいても大丈夫な容量のゴミ箱を設置していたと思う。

ちょっとゴミのくだり熱が入りすぎた。閑話休題。それが不特定多数の他人との接点になるというだけで、忌み嫌っていたはずの世の当たり前(手軽でクリーンなもの)を、特段の考えなしに提供しようされようとしていた自分に気づいてショックを受けつつも、おしぼり一つでそれに気づかせてくれたリビセンの、余分のない、思想の塊みたいな空間の力の余韻にじわじわと浸っている。気持ちのよくないことはしたくない。人とものと世界とのつながりみたいなもの、簡単に切って捨ててはだめだ。

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あの場所でカフェはあくまでリビセンに”併設された”カフェだったし、違和感も期待もなく訪れたら、彼らが人の営みと空間にかける思考の深さのようなものを全身で体感して、ボディブローのようにじわじわと感動している。寒い諏訪盆地の冬をあたためる、中心に据えられたペチカというロシア式の暖炉のような暖房器具。少ないメニューでキッチンは忙しすぎず、カウンター越しに来訪者が気軽にスタッフに話しかけられる(これは文化発信拠点のリビセンには重要)。古材を買いに来た人たちの作戦会議にぴったりな大きめテーブル。どこまで意図しているかわからないけど、思慮に富んだ、それでいて研ぎ澄まされたカフェだった。

それにしても改めてカフェとカレーの相性の良さよ。薄々は気づいてはいたけど、いつかのときのために、来年はもっとカレー研究(作って食べる)をしたいと思う。ちょっと立ち止まりたい年末にいい小旅行だった。クリスマスプレゼントのような魔法がかった時間だった。